映画館

小学生の頃、何年生のときだったかは忘れたが特に欲しいものもない誕生日だったため、映画に連れて行ってもらうことにした。

その時上映していたものを適当に選んで母親と一緒に観たのだが、始まる前のワクワクやポップコーンの匂い、ドデカ音声に圧倒され、「映画を観る」という行為にハマってしまったのだ。

その日から、新聞が届くとテレビ欄を見たあとに今日の上映スケジュールが乗っているページを探した。毎回同じページに乗っているわけではないのだ。見に行く予定もないのに、今日はこの時間からこれをやっているのか、今ごろあの映画の上映時間か、と考えるようになった。

たまに連れて行ってもらえると、本当に嬉しくて楽しくて仕方がなかった。頑張っておねだりして買ってもらえたジュースとポップコーンや、3Dメガネは当時の大切な思い出だった。


いつの間にかそんな日々よりも大切なものとか楽しいものだとかを見つけて、精一杯の思い出たちは知らない場所に置き去りになってしまった。映画を見ることだけではない。デパートに行けること、セルフレジを使えること、洋服を買ってもらえること。たった数年前までは特別で嬉しかったことが、当たり前になり喜びとか悲しみだとかの感動を得られるものではなくなった。

改めて考えてみると寂しいことだし切なくもあるのだが、その分新しい楽しみや嬉しい出来事はどんどん増えていくのである。でも、なるべく忘れないようにしたい。

昔はこんなことが特別だったんだ、この当たり前は楽しみで仕方のないものだった、と思い出せるようになりたい。そうすれば、ちょっとだけあの頃を思い出せる。あの時代、あの日々、遊んでいた友達、観ていたテレビ、好きだった芸能人、嫌いだった食べ物。

たったすこしのかけらから、たくさんのことを思い出せればオトクな人間だ。去年までは夏が嫌いだったけど、今年なそんなに悪くもないって思えるようになった。

数年たって、「夏も悪くない」が当たり前になったとき、嫌いで早く終わってほしいと思っていた当たり前だったあの頃の、何を思い出すのか楽しみだなって思った。